とりとめもなく
思いついたままに
消えては現れる
思考の渦の
表層をかすめ取って
うたうように
打ち込む
イマのような
ついさっき。

Theme by nostrich.

22nd October 2009

Quote reblogged from Yes (No) we can . with 255 notes

 彼の凄さはゲームボーイの画面を白黒にしたってとこによく表れています。


 コストや性能、バッテリーの持ち時間を考えベストの選択をしたとサラッと言ってしまっていますが、当時は既にファミコンが存在し、当然のようにカラーの画面だったんです。


 そんな、色がついていて当然じゃね?っての状況に対して、「色とか別にそんな関係ないだろ常考」とこともなげに言い放ってしまえる人物、それが横井軍平です。恐ろしいほどに周囲の(余計な)空気を読まず、遊びの本質はがっちり射抜く、それこそが横井イズムです。(そしてやっぱりカラー画面の携帯機を作ってしまうのがセガ…)


 任天堂が、Wiiの基本的な性能を、ほとんどゲームキューブから向上させないという選択に踏み切った時を思い出して欲しいと思います。あの時、ほとんどの人は「任天堂狂ったか?」と思ったのではないでしょうか?任天堂内部(特に海外)でも相当揉めたといいます。しかし、当時の任天堂は宮本茂と岩田聡という二人の人物が中心になって「性能とか大して関係ないだろ常考」と、世に向かって言い放つことが出来たのです。

2008-10-08 - 枯れた知識の水平思考 (via buribunken) (via sakito) (via konishiroku)
2008-10-10 (via gkojay) (via netinago99) (via uowou) (via shinobixx) (via 2425) (via uessai-text) (via d-d-d) (via atamaitaize) (via nemoi) (via kml) (via tnoma) (via yaruo) (via appbank)

遊びとしての楽しさは

画面のきれいさや動きの滑らかさ、ダイナミックさ等にあるのではない

というシンプルな原点回帰をできそうでできない

のと

実際やっちゃう人の差は何だろう。

22nd October 2009

Quote reblogged from (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^) with 132 notes

ただ、家を買って一つだけ後悔している点があります。「近所の人は選べない」というところです。今までは近所の人に恵まれていたので、これは想像もしなかった問題でした。

近所の人を選ぶというのは、普通に考えればなかなか難しいことです。しかしひょっとすると、住む場所(下町か、高級住宅街か、など)を選ぶ、住む地域(関東か関西か、とか)を選ぶ、建物の持つ品のようなもので選ぶ、というようなことで、実は選べるのではないか、と思うようになりました。

思い出してみると、この点については、担当の不動産屋の営業さんが私たちに何かを言いかけていたな、と後になって思い出します。その時は、お金の話だと思っていたのですが、実はそういう土地が持つ「質」のことだったのではないか、とちょっと思っています。

大事なことは絶対に迷わない - この路を往きし人あり (via ginzuna) (via otsune) (via yaruo)

環境に如何に生かされているか、

そしてそれが、どれだけ大切か

ということは、

失ってはじめて分かる恋人や健康のありがたみと同義だと思う。

22nd October 2009

Photo reblogged from (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^) with 11 notes

yaruo:


メディア・パブ: 月間ユーザーが6000万人超えたソーシャルゲームFarmVille,でも稼げているのだろうか

農場系ゲームでは後発であったが,今でも急成長しており,今週に月間アクティブユーザー数が6000万人を超えた。農場系ゲームでは後発であったが,今でも急成長しており,今週に月間アクティブユーザー数が6000万人を超えた。
そのFarmVilleで“Sweet Seeds for Haiti”のハイチ向けの寄付活動を実施したのだ。不安定な政治状況下で,生活がますます厳しくなっているハイチに,特に子供たちに食糧などの支援を行っうことになった。FarmVilleの農場で蒔く(まく)さつまいもの種を購入すると,半分がハイチの寄付金となる。つまりバーチャルの種の購入金で,リアルの食料を寄付する。

その寄付活動について,今週の火曜日にZyngaが次のように発表した。$427,000 をハイチの子供に寄付することを公表したのだ。ということは,ユーザーは倍の854,000ドルを,その寄付サービスに3週間で費やしたことになる。

 このことからも,有料課金サービスは軌道に乗っているとみてよさそうだ。Silicon Alley Insiderによると,Zyngaの2009年度の売上高は,1億ドルから2億ドルの範囲を推定している。黒字化に転じていると見られている。




何よりもハイチかよ!!って。
ビジネスモデルも面白いが、目の付け所もまた。

yaruo:

メディア・パブ: 月間ユーザーが6000万人超えたソーシャルゲームFarmVille,でも稼げているのだろうか

農場系ゲームでは後発であったが,今でも急成長しており,今週に月間アクティブユーザー数が6000万人を超えた。農場系ゲームでは後発であったが,今でも急成長しており,今週に月間アクティブユーザー数が6000万人を超えた。
そのFarmVilleで“Sweet Seeds for Haiti”のハイチ向けの寄付活動を実施したのだ。不安定な政治状況下で,生活がますます厳しくなっているハイチに,特に子供たちに食糧などの支援を行っうことになった。FarmVilleの農場で蒔く(まく)さつまいもの種を購入すると,半分がハイチの寄付金となる。つまりバーチャルの種の購入金で,リアルの食料を寄付する。

その寄付活動について,今週の火曜日にZyngaが次のように発表した。$427,000 をハイチの子供に寄付することを公表したのだ。ということは,ユーザーは倍の854,000ドルを,その寄付サービスに3週間で費やしたことになる。

 このことからも,有料課金サービスは軌道に乗っているとみてよさそうだ。Silicon Alley Insiderによると,Zyngaの2009年度の売上高は,1億ドルから2億ドルの範囲を推定している。黒字化に転じていると見られている。

何よりもハイチかよ!!って。 ビジネスモデルも面白いが、目の付け所もまた。

22nd October 2009

Quote reblogged from (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^) with 17 notes

バイオ燃料開発の米Coskata社は10月15日(米国時間)、ペンシルベニア州に新しい精製所をオープンしたと発表した。「半商業」運転を行ない、ほとんどのバイオマスをエタノールに変えることができる同社の技術を実証するという。

ペンシルベニア州マディソンに作られたこの実証プラントは、微生物を用いて、大半の有機物をエタノールに変える。同社はすでに2008年4月に、年間4万ガロン[約15万リットル]の生産が可能な「実証規模」の運転を開始している。Coskata社によると、同社プラントは年産5000万〜1億ガロン[約3億8000万リットル]まで拡張可能だといい、こうした大規模施設を、資金が集まれば2012年中に、米国南部でオープンしたいと考えている。ただし一番の目的は、この技術を他社にライセンスすることだ。

米General Motors社の支援を受けているCoskata社の技術では、さまざまな供給原料をエタノールの精製に利用できる。これは、トウモロコシやサトウキビに限定される競合他社の技術とは別物だと、同社はいう。Coskata社は、食用作物ではなく、廃棄物の利用に注力している。この方法だと、食物を燃料にするのかという議論を丸ごと回避できるからだ。

Coskata社の行政担当バイスプレジデントのWes Bolsen氏はWired.comに対し、エタノール生産にはさまざまな原料を利用できるが、「コストの面から言えば、おそらくは自治体の廃棄物がベストだ」と説明した。

Bolsen氏が言う「自治体の安価な廃棄物」には、普通ならごみ埋立地に向かうものがたくさん入っている[米国では生ゴミなども焼却処分せず埋め立てが一般的。さらに、Costaka社の技術であれば、古タイヤなども利用可能という]。もちろん、サトウキビ生産の副産物や木材チップといったセルロース廃棄物が安定供給されれば、その方が効率はいい。いずれにしろCoskata社としては、非食用の作物を原料とする製法が、バイオ燃料業界の前進に寄与することを望んでいる。バイオ燃料の生産には異論が噴出しているからだ。

「太陽の光で成長したバイオマスなら、なんであっても、乾燥物1トンあたりおよそ100ガロン[約380リットルの燃料]になる」とBolsen氏は言う。

秘密兵器はエタノール生産の工程だとCoskata社は言う。実証プラントでは供給原料として木材チップが用いられている。炉の中で原料を爆破し、副産物として生じる水素と一酸化炭素が、微生物の餌となる。微生物は老廃物としてエタノールを生み出す。

こうして生産された燃料では、ガソリンと比較すると温室効果ガスの排出量が96%も削減されると、Coskata社は主張している。生産に必要な水の量も、ガソリンの半分以下で済むという。また同社は、生産される燃料は「この製法で利用される化石燃料の7倍も『エネルギーポジティブ』だ」と述べている。

有機物をなんでもエタノール化:操業開始 | WIRED VISION (via kml) (via nemoi) (via pedalfar) (via sirchronofrost) (via yaruo)

まずもって、原料を爆発させるって製法がいいよね。

14th September 2009

Quote

原因があって結果がある。それはなんとなく信じられそうだ。しかし、原因がわかると解決がある。これは怪しい。ひょっとしたら、そこにはあまり関係がなくて、原因がわからないまま、それはそれとして解決するという手もあるのではなかろうか。小手先とか対症療法というのではない、原因を経由しない解決というのがあるのではないか。というのも、原因を下手に知ってしまうと(あるいは知った気になってしまうと)、原因を取り除くというレベルでしか解決をしなくなってしまうからだ。

因果 - kokokubeta;

これホントに重要、この国では。
できない理由(原因)が分かったからと言って
必ずしも解決して結果を変えられるとは限らない。
むしろ原因を理解する方にエネルギーをとられてしまう。
原因はおいといて解決する方にエネルギーをそそいだ方がスピーディーだったりする。

14th September 2009

Quote

■他人のためにしてはいけない2

自分のためにやることは、純粋だ。目的に対して純粋なのだ。他人のためにやることは、余計なことを考えたりする。目的のことを考えると純粋じゃないことがある。他人のためにしているようでいて、結局は自分の心を満たすためだったりする。それが偽善かどうかいうことは割とどうでもいいけれど、目的に対して行動が純粋じゃなくなることがある。だから、他人のためではなくみんなが自分のために動くことが、純目的的で、全体のためにもなる。「自分のため」の集合が、「みんなのため」になる制度設計をする人=集合知を生む人は素晴らしい。

会社のプリンターと少額課金 - kokokubeta;

目指す理想。
自分の為にやっても、人の為にもなっちゃった的なこと。
そのためには汎用性だとかあらかじめ適用性を広げておく必要があるかもしれない。
料理と同じでそのヒト手間が、重要だったりするのかも。

14th September 2009

Quote

■会社のプリンターと少額課金CommentsAdd Starflashingwindtwk

会社のプリンターは、バカバカ出力してしまうけれど、実はお金がかかっている。コンビニのプリンターで、バカバカ出力する人は少ない。ケータイの少額課金は、バカバカ使ってしまうけれど、実はお金がかかっている。ネットの少額課金で、バカバカお金を使う人は少ない。改めて問えば、プリンターからの出力は会社で出そうとコンビニで出そうとその価値はほとんど変わらない。ネットの少額課金もケータイの少額課金も価値は変わらない。でも、言論としては、「お金を出すほどのコンテンツがない」とかいう理由がついたりする。大ざっぱな議論になってしまうが、なんか似たところがあるんじゃないかとも思う。

会社のプリンターと少額課金 - kokokubeta;

「手軽さ」について考えるいい題材のような気がする。
ケータイは自動引き落としで、翌々月くらいの忘れた頃に引き落とされるから手軽なのかも。
因果関係がかなりオブラートに包まれているかんじで、「カネを払う」という意識が低いから。
他方ネットの小額課金はいちいち支払いが煩雑で、さらに探せばタダでも見つけられそうな気すらしてくる。
そんな違いか?

14th September 2009

Quote

■エスカレーターの手すりはなぜ足場と速度が違うのかCommentsAdd Starwato8282wato8282skubotaminorinomichoki_pancha

手すりにずっと手をつけていると、少しずつずれていく。なぜだ?そう思ってググったら、似たようなことを書いてる人がたくさんいた。いやあ、ネットはすごい。でも、二十数年生きてきて、それに全く今まで気づかなかったっていうのも謎だ。手、自然に置き換えていたんだろうか。

エレベーターの手すりでは、降り口の下で子供が手すりに頭を巻き込まれ、床との間に挟まれる事故が起きています。その対策として、事故が起きた際に引き摺り出しやすくするために、強い力が掛かった場合、駆動部分がすべるように出来ています。ですので、利用者が多いところでは、滑りを考慮して多少速く設定をしています。負荷が掛かると、遅くなりのは普通の状態です。(エスカレーターと手すりの速度が違う -OKWave)

エスカレーターというのは、階段部分と手すりとのスピードが一致していない。というか、安全のために、わざと手すりのほうのスピードを早めてあるのだという。つまり、だんだん前屈みになっていくようにだ。もしもこれが逆(手すりのほうのスピードが遅い)になると、次第に反っくり返ってしまって危ないからだ。人間て、前には踏ん張れるけれど、後ろにはめっきり弱いものね。(たなぼた: エスカレーターの手すり)

エスカレーターの乗るところ(=ステップ)と手すりは別々に制御されています。つまり、乗るところと手すりは連動しているわけではありません。メーカーでも、極力同じ速度にしていますが、若干のズレが出てしまうことがあります。以前、そのズレ(?)で、人が転落する事故が起きました。(なぜエスカレーターは乗るところより手すりのスピードの方が遅いんですか?? - Yahoo!知恵袋)

諸説あるなあ。どれなんだろう。うーんいろいろとすっきりしない。

エスカレーターの手すりはなぜ足場と速度が違うのか - kokokubeta;

この国のエスカレーターは、その速度差が激しいと思う。
短い距離なのに、手を3回持ち替えたことがある程、手すりが先行しまくる。
挙句、リズミカルにビビッビビビッと手すりピクピク先行するもんだから、これで音楽にでもシンクロさせたらおもしろいだろなーとか不覚にもアイディアまで浮かんでしまったw

14th September 2009

Quote

■エスカレーターの手すりはなぜ足場と速度が違うのかCommentsAdd Starwato8282wato8282skubotaminorinomichoki_pancha

手すりにずっと手をつけていると、少しずつずれていく。なぜだ?そう思ってググったら、似たようなことを書いてる人がたくさんいた。いやあ、ネットはすごい。でも、二十数年生きてきて、それに全く今まで気づかなかったっていうのも謎だ。手、自然に置き換えていたんだろうか。

エレベーターの手すりでは、降り口の下で子供が手すりに頭を巻き込まれ、床との間に挟まれる事故が起きています。その対策として、事故が起きた際に引き摺り出しやすくするために、強い力が掛かった場合、駆動部分がすべるように出来ています。ですので、利用者が多いところでは、滑りを考慮して多少速く設定をしています。負荷が掛かると、遅くなりのは普通の状態です。(エスカレーターと手すりの速度が違う -OKWave)

エスカレーターというのは、階段部分と手すりとのスピードが一致していない。というか、安全のために、わざと手すりのほうのスピードを早めてあるのだという。つまり、だんだん前屈みになっていくようにだ。もしもこれが逆(手すりのほうのスピードが遅い)になると、次第に反っくり返ってしまって危ないからだ。人間て、前には踏ん張れるけれど、後ろにはめっきり弱いものね。(たなぼた: エスカレーターの手すり)

エスカレーターの乗るところ(=ステップ)と手すりは別々に制御されています。つまり、乗るところと手すりは連動しているわけではありません。メーカーでも、極力同じ速度にしていますが、若干のズレが出てしまうことがあります。以前、そのズレ(?)で、人が転落する事故が起きました。(なぜエスカレーターは乗るところより手すりのスピードの方が遅いんですか?? - Yahoo!知恵袋)

諸説あるなあ。どれなんだろう。うーんいろいろとすっきりしない。

14th September 2009

Quote reblogged from (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^) with 73 notes

安いものがほしいのではなくて、安くなったものがほしい。見えることがエロいのではなくて、見えてしまうことがエロい。

kokokubeta; - 安さとエロさ (via handa) (via jinakanishi) (via tasu) (via fukumatsu) (via yaruo)

言い当て妙。

ブランドは如何にそれが本来は高いかを演出しているし、

身体がエロいのではなくて、それに呼応して動く心の隙間がエロい気がする。

14th September 2009

Quote reblogged from (^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^) with 45 notes

子ども手当とは、国が「子育て事業支援」として子供のいる家庭に税金を投入することである。国には税金が適正に使われているかをチェックする義務と権利があるから、親が子ども手当を適正に使っているかをチェックし、必要とあれば金融庁のように「改善命令」をどしどし発動しなければならない。これまでは私事(privateの領域)とされ、「どう育てようと親の勝手だ」が通用した家庭での子育てが、公的資金を受け入れることで、公(public)のルールに従う義務が明確に生じるのである。かつては男女間や家庭内の問題であり、公権力の介入は不適当とされていたストーカーやドメスティック・バイオレンスが今では犯罪として罰せられるように、ルールを遵守しない親を国・社会は許してはならない、という社会意識が醸成されていくだろう。

また、子ども手当の支給は、学校を悩ませる給食費等の未払い問題も解決する。「金がないから払えない」という言い訳が通用しなくなるので、払わない親を悪質なフリーライダー(社会にただ乗りする人)としてあぶり出し、制裁を加えることが容易になる。

こう考えると、子ども手当は「盗人に追い銭」とは逆なのではないか。家庭に「治外法権」があることをいいことにやりたい放題してきた親たちが、子供1人あたり月額2.6万円と引き換えにその自由を制限され、国の監督下に置かれてしまうのである。戦利品と思って手にしたら最後の「トロイの木馬」のようなものである。社会の公正を損なう身勝手な人々をあぶり出し、制裁できるようになるのだから、国と大多数の国民にとっては有意義・有効な支出だろう。

大和総研ホールディングス /コラム:民主党の子ども手当はトロイの木馬? (via yaruo)

世の中タダより怖いものはないとは言ったもので、この場合タダを通り越してカネもらえちゃうんだから

怖いどころの話じゃないわけね。

しかも、「支給」の名の下に受け取り拒否すらできないから(実際にはできるだろうけど、もらえるはずのカネをあえて受取らないのは受け取らない人間の身勝手だ的な風潮すらある気がする)

これはもう監視社会に一歩どころか一気に近づきそうな雰囲気だ。

まぁもちろんカネがないとかのたまって給食費すら払わないような親は(親公認で子どもに無銭飲食させるなんて!!)、

論外だが(きっとそんな親は支給されても開き直って払わないままな気がする)

日本の「社会」が許容できなくても、教えなくてはいけないことすらも(悪いことをしたら、時には痛みで身体に覚えさせなくてはいけないときもあるというような張り倒される的なこと)、

暴力反対の名の下に教えられなくなってしまう可能性もあって

諸手を挙げて歓迎するわけには行かないだろう。

13th September 2009

Quote reblogged from みたいもん!クリッパー with 131 notes

「モードは死ななければならないし、ビジネスのためには早く死ぬほうがいい」──ココ・シャネル


日本の服の自給率はわずか1割でしかない(註1)。なのに日本に住む我々は一人あたり年間10キロの服を買い、9キロをゴミとして出していて、その総重量は家電4品目(テレビ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機)の年間総廃棄量約60万トンの2倍近くもある。しかも、そのほとんどをリサイクルもせずに処分してしまい、古着まで輸入に頼っているありさまだ。

だというのに服を作っている業界では、流行の服を売り出す2年前から、年に2回も、流行の色や素材を決めていって、川下にいる一般人に最終的な流行の服が届く頃には、すでに2年先の流行色が決めれられている、なんてことを今でもやっている(註2)。
つまり彼らは「これが今の流行ですよ」と売り出している裏で、「次の流行」「次の次の流行」「その次の次の次の……」まで同時に作っているんであって、今の流行なんか半年くらいで廃れさせるつもりで、そういう流行り廃りのサイクルまで計画して動いてるのだ。この人をナメた態度こそが、“計画的陳腐化”の本質と言ってもいい。

1950年代のアメリカでは、こうした婦人服業界の手法を他の様々なジャンルのデザイナーが取り入れて、計画的陳腐化の技術を練り上げていったため、この手法はあらゆるジャンルに及んでしまっている(註3)。まったくバカバカしい。

tsurumi’s text (via ohshitd) (via nemoi) (via petapeta) (via thresholdnote) (via opener) (via gomame) (via mitaimon)

マジで日本には客をナメてる分野がいくつかあると思うが、そのひとつ。

ナメ→慢心→スキ→寝首って定石を知らないはずはないだろうが

ナメてるとか慢心してるって意識があればまず、現状みたいにはなってないわな。

12th September 2009

Quote reblogged from parallel tumblr with 162 notes

「ねえ、お母さん、結婚したら一緒に住むって話、考えてくれた?」
「ダメよ、何を言ってるのよ。せっかくの新婚生活なのに。慎一さんにだって迷惑がかかるじゃない」
「大丈夫だって。慎一さんちは資産家で家だって大きいんだから。べつに気にする必要ないって」
「そういう問題じゃないわよ。『嫁入り道具に余計なモノまで付いてるわね』なんて笑われたら、お母さん、恥ずかしくって相手のご家族に顔向けできないわよ」
「あははは、出来ちゃった結婚で嫁入りしようっていうのに、今更恥ずかしいことなんて何もないってば」
「あら・・・大きなお腹抱えて大笑いして・・・いい大人が子供みたいに。あなた、もう三十歳でしょう? すこしは大人らしくしなさいな」
「まだ二十九ですよーだ。とにかくさ、結婚したら一緒に住も。今日はこれから慎一さんとデートなんだから、きちんと話をすれば大丈夫だって」
「いやよ、お母さん、同居なんて。慎一さんだって嫌がるに決まってるわ」
「だってこのままこの家で一人で暮らすってわけにもいかないでしょう。二十年前にお父さんが死んで、もう貯金だってほとんどないのにどうやって生活していくの?」
「パートでもなんでも働けば一人分の食い扶持くらい稼いでいけるわよ」
「いままで働いたことだってないんだから、いい年して今更働きに出るなんてムリに決まってるじゃない」
「まったくこの子は減らず口ばかりで・・・。ほら、そろそろ慎一さんが迎えに来る時間よ。準備しないと」
「あら、ホントだ。じゃあ、お母さん、お小遣いちょうだい」
「もう、この子ったらもうすぐ三十になるっていうのに・・・。ほら、これで美味しいものでも食べてきなさいな」
「ありがとう、お母さん。じゃあ、お寿司でも食べようかな」
「お腹がすくからって食べ過ぎちゃだめよ。お腹が大き過ぎると体だって危ないんだからね」
「はーい。いってきまーす」

「おまたせ、慎一さん」
「どうしたの? ずいぶん時間かかってたようだけど」
「ごめんなさい。息子の相手してたら時間がかかっちゃって」
「ああ、ニートの敏明くんか。さっき元気に寿司屋に入っていったが・・・。ありゃ太り過ぎなんじゃないか?」
「ええ。今度生まれてくるお腹のこの子にはあんな風になってほしくないわ、まったく」

お母さん、結婚したら一緒に住む話は考えてくれた? : 2chコピペ保存道場 (via kalm) (via to-fuya) (via rogu) (via hayami)

秀逸

(via kml) (via vmconverter)

おもしれえ

(via keisuh) (via parallel)

日本語だからできるワザか。

こんな具合に他人の文章にちょっと付け足すだけで、

登場人物の立ち位置というか誰の会話かを錯乱できたらおもしろいな。

こういう視点で本読んでみよ。

12th September 2009

Quote

日本車、いや車を語る上で忘れてはいけないのはアメ車です。ついついドイツ車ばかりに目がいきがちですが、車を初めて量産したのはフォードであり、生活の中に組み込んだという意味での功績は大きいです。

そんなアメ車を愛してやまない、アメ車ラブなエントリーをご紹介。

/day: 偏愛的アメ車論(ダッジ・キャリバー試乗記)

そして、私がアメ車について思うのは、以下だ。

アメリカでは、どんな人間も暮らせるように、あらゆることがコンビ二エントに設計されている。いわば、オートマチック社会といおうか。スーパーに行って買い物をしたり、住む家の前から通勤する会社までの生活圏で必要なことは、英語さえ理解できれば、さほど難儀することはなく遂行できるはずだ。

そんなターンキー社会(車のキーをひねるとエンジンがかかるように、超カンタン!という意味)に住む人々が乗る車なんだから、複雑怪奇なつくりだったり、エンスーな味わいなどというものを求めるのは間違いである。

いかに生活圏をラクチンに移動し、オンナコドモトシヨリが乗っても平穏無事に操作でき(差別ではない、比喩である)、週末には遠出したり、スーパーに買い出しに行ってもめげないユーティリティが提供できているかがミソなのだ。

加えて言えば、もっと大きなさじ加減としては、たとえば、厳しい取締に捕まらないように、あるいは、長距離を移動する際に疲労を軽減すべく、さほど速度を出さずとも快適に走るためのトルクが用意されていることとか、μ(ミュー)が日本の道路に比べて低く、整備状態も悪い路面をしんなりとこなすためのシャシー、というあたりはお約束だ。

最近ではハンドリングや乗り心地が、欧州車並に硬質化するアメ車ではあるが、それでももっと根っこの部分ではアメリカンなおもてなしが見え隠れし、それ自体は不変なのだ。

それは、「辛い人生、車に乗っているときくらいは、あんたが大統領。難しいこと考えないで、ラクに行こうよ」という機械からのメッセージだと、わたしは了解している。

アメ車は、大らかな愛と同義なのだ。

シボ加工プラスチックの射出成形がイマイチだの、コンパネがわずかに反っているだの(笑)、ボタンに節度がないだの、ピラー剛性が低いなど、どうでもいいことだ。

もっと奥底で、アメ車はあなたを愛している。それは、カタログに載らない「仕様」なのだから、壊れても優しい目で「もうバカなんだから(はあと)」と微笑むことができるワケだ。

これほどアメ車を的確に表現している文章は他に見当たりません。

そして日本車は、いや戦争に負けたニッポンはそんなアメリカにコンプレックスを抱き、アメ車をパクってアメリカで売りまくって成長してきたのです。排気量のばかでかさ以外は追いつき、追い越した昨今はドイツ車をパクっているわけですがw 世界一の車企業になったら一体どこをパクればいいんでしょうね。

日本車を語る上でアメ車を忘れてはいけない ([の] のまのしわざ)

そのモノがつくられる上でどういう思想が根底にあっただろうか、と想像を巡らせるのは思いのほかおもしろいことだ。
そして、大雑把で粗野ででも愛のある的なアメ車にはいつか乗ってみたいと密かに思う。
最近日本のクルマがエコなら愛さえなくてもよいといったかんじで、クルマの足回りをガチガチに固めて欧州車を模倣しまくっているのには、たいがい辟易しているし。

別な話、現在からコピってRemixできなくなれば、過去からの模倣って手もあるんで、いつかそんなアメ車たちを日本Remixする時がくればおもしろいのになーと。
その代わりもちろん外見からくるイメージも愛のあるカンジも忘れず模倣してね。
したらばすぐ買うわ。

12th September 2009

Quote

日本車、いや車を語る上で忘れてはいけないのはアメ車です。ついついドイツ車ばかりに目がいきがちですが、車を初めて量産したのはフォードであり、生活の中に組み込んだという意味での功績は大きいです。

そんなアメ車を愛してやまない、アメ車ラブなエントリーをご紹介。

/day: 偏愛的アメ車論(ダッジ・キャリバー試乗記)

そして、私がアメ車について思うのは、以下だ。

アメリカでは、どんな人間も暮らせるように、あらゆることがコンビ二エントに設計されている。いわば、オートマチック社会といおうか。スーパーに行って買い物をしたり、住む家の前から通勤する会社までの生活圏で必要なことは、英語さえ理解できれば、さほど難儀することはなく遂行できるはずだ。

そんなターンキー社会(車のキーをひねるとエンジンがかかるように、超カンタン!という意味)に住む人々が乗る車なんだから、複雑怪奇なつくりだったり、エンスーな味わいなどというものを求めるのは間違いである。

いかに生活圏をラクチンに移動し、オンナコドモトシヨリが乗っても平穏無事に操作でき(差別ではない、比喩である)、週末には遠出したり、スーパーに買い出しに行ってもめげないユーティリティが提供できているかがミソなのだ。

加えて言えば、もっと大きなさじ加減としては、たとえば、厳しい取締に捕まらないように、あるいは、長距離を移動する際に疲労を軽減すべく、さほど速度を出さずとも快適に走るためのトルクが用意されていることとか、μ(ミュー)が日本の道路に比べて低く、整備状態も悪い路面をしんなりとこなすためのシャシー、というあたりはお約束だ。

最近ではハンドリングや乗り心地が、欧州車並に硬質化するアメ車ではあるが、それでももっと根っこの部分ではアメリカンなおもてなしが見え隠れし、それ自体は不変なのだ。

それは、「辛い人生、車に乗っているときくらいは、あんたが大統領。難しいこと考えないで、ラクに行こうよ」という機械からのメッセージだと、わたしは了解している。

アメ車は、大らかな愛と同義なのだ。

シボ加工プラスチックの射出成形がイマイチだの、コンパネがわずかに反っているだの(笑)、ボタンに節度がないだの、ピラー剛性が低いなど、どうでもいいことだ。

もっと奥底で、アメ車はあなたを愛している。それは、カタログに載らない「仕様」なのだから、壊れても優しい目で「もうバカなんだから(はあと)」と微笑むことができるワケだ。

これほどアメ車を的確に表現している文章は他に見当たりません。

そして日本車は、いや戦争に負けたニッポンはそんなアメリカにコンプレックスを抱き、アメ車をパクってアメリカで売りまくって成長してきたのです。排気量のばかでかさ以外は追いつき、追い越した昨今はドイツ車をパクっているわけですがw 世界一の車企業になったら一体どこをパクればいいんでしょうね。